長距離走者の孤独

R144 21.1km

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気がつけば一ヶ月以上更新が停まっていました。でもしっかり走っています。3月も後半、既にデイタイムセービング(夏時間)が始まり時計が1時間早まったこともあり、日も随分長くなりました。春めいた半袖で走れる気温8度程の日もありましたが、ここ数日は摂氏0度から3度位の寒い日が続いています。

いつも夜の7時半位から走り始めるのですが気温がマイナスになると、セントラルパークで走る人はめっきり減ります。逆に5度以上になると夜でも沢山の人が走っています。まちがいないです。北風と太陽の話を思い出します。人の行動は環境に正直に反応してしまうようです。僕はというとマイナス2-3度ならば走ります。それくらいの気温ならばタイツをはいて長袖のハーフジッパーを着て、あとは手袋があれば楽しく走れます。葉が落ちて枝だけになった木々のシルエットはきれいだし、見通しは良く、走っている人も少ないので冬の間もその時間を存分に楽しめました。もう少しの間冬のままでもいいと思うくらいです。

昨夜は前を行く人がいない、最後の冬の夜の公園を走りながら、10代の頃に読んだ「長距離走者の孤独」というイギリスの作家、アラン・シリトーの書いた小説のことを思い出していました。すっかり忘れていた遠い過去の記憶はひょんなことで思い出すものです。主人公は貧しい労働者の街で生まれ育った18才の少年で、強盗かなにかをして捕まり感化院に入れられるのだけど、足が速いことから感化院対向の長距離レースの代表に選ばれ、早朝、感化院の外を走りトレーニングすることを特別に許されるのです。少年は朝霧の中を走りながら「世界にはじめて生まれた裸の人間のようだ」と表現していたことを憶えています。結末の、社会の現実に大きな抵抗をもった少年の、ささやかな、そして大人をあざ笑うかのような行動にとても共感したことを憶えています。

それなのに、僕は今だれもいなくなった夜の公園を走りながら、無事平穏に一日が終わったことを確かめる「最後のひとり」のような気分で夜空を見上げています。子供は生まれてくる社会を選ぶことは出来ないのだから、反抗してその存在を示すことも許されます。すっかり大人を通り越した僕は今、その子供達のいる場所が希望があって夢中になることにあふれていて、嘘の無い世の中であるように願うのでした。

このところは距離を延ばして走っています。むしろトレーニングと呼んでもいいでしょう。なぜなら5月にブルックリンで行われるハーフマラソンに出場することにしたからです。昨年の夏からはセントラルパークのフルループ約10キロをひたすら走り、それ以上の距離を走ろうという気持ちにはならなかったのですが、ハーフマラソンを走るとなると、それなりにトレーニングして大丈夫だと思える状態で出場したいと思ってのことです。

前の投稿で紹介した小出監督の本『マラソンは毎日走っても完走できない 「ゆっくり」「速く」「長く」で目指す42・195キロ』にはハーフマラソンのトレーニング方法もレースの3ヶ月前から組み立てたメニューと共に紹介しています。そのとおりにはなかなか出来ないけど、少しでもそれに沿ったトレーニングにして無理なくゴールしたいと計画しています。

そんな訳で、いつもより多めにセントラルパークをぐるぐる回っております。

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昨夜のDJ iTunes BestはJazzanovaUnited Future Organization。アシッドに刻むパーカッションと揺らいだエレクトリックピアノ、そしてワイルドな歌声が、夜の摩天楼に吸い込まれるよう。

 

 

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